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大阪地方裁判所 昭和36年(わ)263号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(本件争議発生に至る経緯)

被告人らは、いずれも昭和三五年当時大阪市浪速区反物町一三二九番地所平和タクシー株式会社の従業員であつて、かつ同会社の従業員の大部分(全従業員約一五〇名中約一一〇名、係長以上の管理職員、一部の非管理職員および入社後二カ月未満の試採用者等を除く)によつて結成されていた平和タクシー労働組合(日本労働組合総評議会所属大阪旅客自動車労働組合連合会〔以下大旅労連と略称〕加盟)の組合員であり、被告人松村晃一は同組合の書記長、被告人尾上勝喜、同久徳操は同組合の執行委員の地位にあつたものである。

一方平和タクシー株式会社は前記番地所在の本社営業所のほか大阪府内に三営業所と四八輛の営業用自動車(タクシー)を所有し、監督官庁の認可によりこのうち四〇輛が右本社営業所、二輛が南営業所(ただし入庫場所は本社営業所)、三輛が城東営業所(大阪市城東区茨田浜町八五二番地)、三輛が徳庵営業所(ただし、入庫場所は三輛とも右城東営業所)に配置されていた。

ところで大旅労連は昭和三五年春、傘下の各組合を通じて共通の統一要求を打ち出し、これにしたがつて、平和タクシー労働組合(以下組合と略称する)も同年三月下旬会社に対し勤務体系の変更(八時間勤務の二四乗務を、一六時間勤務の一三乗務とする)および賃金の引き上げ(水揚げ一月一〇四、〇〇〇円につき賃金三一、二〇〇円)の要求を提出し、同年四月二三日ごろから会社と団体交渉を行つてきたが、会社側は容易に右要求を容れようとしないのみか、そのころ同会社の運転手で組合員の野近弘治がタクシー料金の一部を会社に納金せず不正に収受したことを理由に同人を解雇するという挙に出でた。これに対し組合は不正収受の事実はないとの見解の下に、前記要求のほか同人の解雇撤回の要求をも付加して団体交渉を行つたが、同年五月一八日に至り、会社は組合の要求をすべて拒否し、かくて組合は同月二四日から四八時間ストライキに突入するに至つた。そして一時は会社から修正回答がなされ、組合側からも修正案が出されたこともあつたが、結局妥結するに至らず、ひきつづき四八時間ストライキが継続的に繰返された。同年六月になつてからは団体交渉も中断され、組合は遵法闘争と称して交通法規を厳守するほか、車輛にビラを貼つて運行する戦術をとる一方、会社側に対して団体交渉再開を申し入れていたが、会社側は組合が右のような闘争を中止しないかぎり、団体交渉には応じられないとしてこれを拒否していた。そこで組合はこれを受け入れ、同月一五日右闘争態勢を解いて団体交渉の再開を待つたが、同日は社長後藤峯吉の都合がわるいとのことで団体交渉は開かれず、翌一六日も組合の再開要求に対して会社は何等回答しなかつたが、同日午後に至つて会社側は突然組合に対し、数台の休車があるから組合側は未だ正常運転に戻つていないとの理由で団体交渉再開を拒否する旨の通告をしてきた。

ここにおいて組合は同日設置された闘争委員会において、翌一七日午前二時三〇分を期して全面ストライキに突入すること、本社構外への各出入口にピケツトラインを張ること、本社および城東営業所に入庫中の各車輛からエンジンキイ、自動車検査証などを引揚げて組合事務所(本社営業事務所二階運転手仮眠室内)で保管すること、本社構内の建物にビラを貼ることなどを決定し、これにもとずき同月一七日午前二時三〇分再びストライキを開始した。

(罪となるべき事実)

第一ないし第四 <省略>

第五 第一組合は同年一一月においても依然としてストライキを継続していたが、これに対し会社は本社営業所から持ち出した自動車検査証の有効期限を経過した車輛六台および他から購入した車輛など合計八輛を使用して同月はじめごろから道路運送法に定める事業計画変更の認可のないまま前記城東営業所において第二組合員を就労させるに至つた。この事実を知つた第一組合は、右は道路運送法第一八条違反であるとして、数回にわたり同組合の幹部らにおいて、大阪府陸運事務所および大阪陸運局に対し会社側の右違反事実を申告し会社に対して相当の行政指導ないし行政処分をなすよう要求していた。一方会社側も同月九日大阪府知事に対して、本社営業所配車輛数を三三輛、城東営業所配置車輛数を一〇輛と変更認可申請を、同年一二月三日にはこの計画をさらに変更して本社営業所には一八輛、城東営業所には二五輛を配置すべき旨の認可申請を提出したが、いずれも認可が未だなされないまま前記八輛につき営業を続け、このためその間の同年一一月二二日大阪府知事から会社に対し、右営業は道路運送法第一八条違反であるから即刻中止すべき旨の警告書が発せられたが、それにもかかわらず、会社は依然として右営業を止めなかつた。ところが、大阪陸運局は右事態に対し、何等の措置をとらなかつたので、第一組合はさらに同局に対し相当処分をなすよう強く要請すると共に、大阪府警察本部に対しても右法律違反状態を取締るよう要求し、この結果同警察本部からは、第一組合員が右違反車を見つけ次第これを現行犯逮捕してもやむを得ないとの、また大阪陸運局の係官からは、違反事実があれば考慮するとの言質を得るに至り、ここにおいて第一組合は前記違反車を摘発して同局係員に呈示するという方針を決定した。

かくして、被告人久徳操は、釜野稔、続池某ら数名の第一組合員と共謀のうえ同年一二月七日午前一〇時すぎごろ同市北区梅田町無番地国鉄大阪駅東口ガード下臨時タクシー乗場において、同社運転手で第二組合員尾崎勝の運転する営業用自動車(大五い三七五六号)を発見するや、その運転台前面ガラスおよび左右後部のガラス、前部ボンネツト、後部トラスクなどに、こもごも洗車ブラシで洗濯糊をぬりつけ、その上に新聞紙製ビラ約一〇枚を貼り、さらに同日午前一〇時三〇分ごろ同所において発見した、同じく同社運転手で第二組合員北川悦三の運転する営業用自動車(大五い三七六〇号)にも、前同様の個所に前同様の方法で新聞紙ビラ約一〇枚を貼りつけたうえ、右各自動車を大阪陸運局の係官に示すため、いずれもこれを同所から同区大淀町無番地大阪鉄道管理局玄関前まで移動させ、被告人水田義三郎もさらに右犯行に加わり、ここに被告人久徳操、同水田義三郎は共謀のうえ、同日午前一一時三〇分頃同所において前同様の方法で右各自動車の天井、左右ドアなど残余部分に新聞紙製ビラ各二〇枚程度を貼りつけ、よつて右各自動車の車体を著しく汚損すると共に右各自動車の運転を著しく困難となる程度に運転台から外部を透視することを困難ならしめて右自動車の効用を著しく減少させ、もつて数人共同して同会社所有の右各自動車を毀棄し

たものである。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は判示第五の事実について次のとおり主張する。

本件は会社側の道路運送法第一八条違反の事実および違法なスト破り行為に対し第一組合が団結権および争議権防衛のためこれを阻止し、かつこの道路運送法違反事実を所管行政庁に摘示するために必要な限度で当該違反車輛の運転行為を一時停止させると共に、右違反事実を行政庁および市民に訴えるため右車輛にビラを貼つたものである。ところで一般にビラ貼り行為は労働組合にとつて情宣活動の一つとして不可欠のみならず組合員の団結意識を固めると同時に使用者に対し組合の団結の勢力を示す行動であつて、それは正当な組合活動であるから外形上器物損壊罪に該当してもこれに対して刑事責任を問うことはできない。しかして本件車輛に対するビラ貼りは原状回復の極めて容易な軽微なものであつて、タクシーの美観を損ねたものでもないうえ、前記のとおり本件行為の目的は会社側のスト破り阻止と、そもそも運転業務の許されない法令違反車両の行政庁に対する摘発にあつたものであるから、目的様態のいずれからしても本件ビラ貼り行為は器物損壊罪に該当しないというのである。

よつて考察を加えると、前認定のとおり本件各車両はまず前記大阪駅東口ガード下臨時タクシー乗場において被告人久徳を含む第一組合員によつて運転台前面ガラスおよび左右後部のガラス、前部ボンネツト、後部トランクなどにそれぞれ約一〇枚程度のビラを貼られ、ひきつづいて大阪陸運局前においては、さらに被告人水田ら第一組合員により右各車輛の表面残余部分にビラが貼られ、右各車輛の表面露出部分には、ほぼあます所なくビラが貼られたことが認められる。右の事実によると右各車輛の運転手としては前面左右および後部の各ガラス窓から外部を透視することが極めて困難となりしたがつて同車輛の安全運転を期することも非常に困難な状態に陥入つていたものと認められるのである。そして自動車は安全運転のできることがその重要な効用であるから、この見地からすると右各車輛は本件ビラ貼り行為によつて著しくその効用を減少されたといわざるを得ない、又営業用車輛(タクシー)は一般乗客の運送の用に供されるものであるから、通常人の乗車に耐え得る程度の美観が必要であるところ、右ビラ貼りは本件各車輛の美観を著しく損ね、もはや営業にたえない状態に至らしめたものと認められる。もつとも、右ビラは新聞紙製であり、これを水でうめた洗濯糊で貼りつけたもので、原状回復は容易であつたと考えられるけれども、右の程度の効用の減少、美観の損失があつた以上もはや器物を毀棄したものというべきである。なお本件各車輛は監督官庁の事業計画変更の認可のないまま前記営業所において第二組合員によつて営業用として使用されていたものであることは前掲各証拠によつて明らかであり、それは第一組合の争議権行為の効果を減殺しようとした背景をもつているので、第一組合員が争議権の防衛上右違反車輛を摘発して監督官庁に示そうとしたこと自体は正当なものとして是認しなければならないけれども、本件では敢えて車輛にまで、しかも車輛の上にほとんどあますところなくビラを貼る必要性はこれを認め難いことを考慮すると、一般にビラ貼りが争議中の労働組合の宣伝活動上不可欠のものであるという弁護人の所論を参酌しても、本件のビラ貼りは労働組合の正当なビラ貼り活動を越えたもので違法たるを免れない。したがつてこの点に関する弁護人の主張は採用しない。〔判示事項一の1〕

(無罪理由)

(一) 昭和三六年第二六三号、昭和三六年一月三一日付起訴状中、公訴事実第一について。

本件公訴事実は、

「被告人尾上勝喜は宇治田善孝ほか数名と共謀のうえ、昭和三五年六月一七日午前二時ごろ、大阪市城東区茨田浜町八五二番地所在平和タクシー株式会社城東営業所において、同営業所に勤務する非組合員運転手大津収ほか七名の就業を阻止する目的をもつて、入庫中の同営業所および同会社徳庵営業所所属営業用自動車五台の各車内より、自動車運転に必要なエンジン鍵、自動車検査証、自動車損害賠償責任保険証明書、タキシーメーター検査済証を取り出し、同会社の意思に反して前記会社内平和タクシー労働組合事務所に持ち去つて隠匿し、爾後の両営業所における業務の遂行を必然的に不能ならしめ、もつて威力を用いて同会社の旅客自動車運送業務を妨害した」

というにあり、右は刑法第二三四条に該当するというのである。

そこでこれについて判断すると、<証拠>を綜合すると次の事実が認められる。即ち、組合(分裂前のもの)の闘争委員会は、昭和三五年六月一六日、翌一七日午前二時三〇分を期してストライキに突入することとあわせて、城東営業所にはピケツテイングを張るかわりに、同営業所の入庫車輛からエンジンキイなどを引き揚げて、組合において保管する方針を決定し、これにもとずいて被告人尾上勝喜は組合員の宇治田善孝、野近弘治ほか数名と共に同一七日午前二時ごろ大阪市城東区茨田浜町八五二番地所在同会社城東営業所に赴いた。そして同所において折から入庫して洗車中の運転手近藤勇に対し、右宇治田が「ストに入つたからキイ、検査証が欲しい」旨を告げ、右近藤も今までのように四八時間ストライキ程度だろうと考えて、気軽にこれに応じてエンジンキイ、自動車検査証などを右宇治田に手渡したこと、一方被告人尾上らは同所仮眠室において仮眠中の運転手大津収、山本武、溝端繁充らに対し、「この前話したようにストに入つたから、協力してほしい。だからキイ、検査証などを組合で預らしてほしい。不審な点があつたら明日組合に来てくれ」と告げたが、これに対して右運転手らは明確な拒否の態度を示さなかつたこと、ひきつづき同被告人らは同所車庫に入庫中の四台の車輛中からエンジンキイ、自動車検査証なばを集めてまわり、結局営業所から五台の車輛(番号省略)の各エンジンキイ、自動車検査証、自動車損害賠償責任保険証明書、タクシーメータ検定済票を持ち出してこれを組合事務所で一括保管したこと、当時城東営業所に配属されていた一〇名の運転手のうち組合員であつた者は平野潔ただ一人で、その他の前記運転手らは、いずれも試採用者で、したがつて非組合員であつた者であるが(但し、うち一名は運転停止中)、本件キイなどの組合による引き揚げ後、右非組合員のうち数名が、組合事務所に行つて「仕事ができるようにさせよ、又は金をくれ」と要求したが、組合はこれを拒絶したことが認められる。さらにに<証拠>よれば組合はストライキ突入に際して右営業所の車輛のほか本社配置の四二台の車輛からエンジンキイなどを引き揚げて、組合事務所に保管したが、これに対し会社は同年七月六日組合に対し右四七輛分のエンジンキイなどの返還を要求したところ組合がこれを拒絶したので、会社はそのころ大阪地方裁判所に対し右エンジンキイなどの返還を求める仮処分の申請をしたこと(ただしこの申請に対しては、本件争議が終了した昭和三六年二月四日に至つても決定がなされなかつた)、前記城東営業所の五台の営業用車輛については依然としてエンジンキイ等が返還されなかつたため結局それらの自動車検査証の有効期限の切れる昭和三五年一一月下旬ごろまでこれを運行することができなかつたことがそれぞれ認められる。

検察官は右の事実関係のうち、被告人尾上らがキイ、検査証を持ち去つて隠匿した点を捕えて会社に対する威力業務妨害が成立すると主張するのである(釈明書、公訴棄却の申立に対する意見書参照)。

エンジンキイは車輛運転上必要なものであり、自動車検査証は道路運送車両法第六八条により、自動車損害賠償責任保険証明書は自動車損害賠償保障法第八条によりいずれも、これを自動車に備付けなければ運行の用に供してはならないものであるから、被告人尾上らが前記のようにキイや検査証等を持ち去ることによつて、会社をして当該車輛を運行することを不可能ならしめる結果となることは説明を要しないところであり、現実にも会社の右の五台の自動車を使用して行なう旅客自動車運送業務が妨害されていることは前示のとおりである。ところで、威力業務妨害罪は単に業務を妨害したのでは足りず、威力を用いて業務を妨害しなければならない。そこで問題は被告人尾上らのキイ、検査証等を持ち去つた行為を、威力を用いたものとして可罰的違法性があると評価できるかどうかということに帰着する。

この点を考察するに当り、本件被告人尾上らの行為は労働争議の手段としてなされたものであることを重視しなければならない。その違法性を判断するに当つては、労使双方の流動する対立拮抗関係をし細に検討し、本件行為の目的、手段の態様を争議行為の場を通じて具体的に考察する必要があると考える。

(イ) よつて先ず、本件行為の行なわれた際の会社側の態度についてみると、昭和三五年六月一七日のスト突入の重要な契機となつたものは、会社側の組合に対する団交拒否にあつたことは、前示冒頭事実欄に判示したとおりであるが、さらに詳細にその間の事情を示すと、同月一五日組合は、会社側の正常運転に立戻れば団体交渉に応ずるとの申出を受け、一旦争議態勢を解いたが、同日および一六日の両日は、社長後藤峯吉が、入浴中、就寝中あるいは不在との理由で、同日の午後に至つては、組合側に数台の休車があるので正常運転とは認められないとの理由で、会社側から団体交渉を拒否する旨が通告された事実が認められる。会社と組合との労働協約(同号の四)によると、本件で組合が要求している事項に関し何らの定めがなされていないし、平和条項もないから、組合がストライキその他の争議行為を行なつていることを理由に、団体交渉に応じないことは許されないものであり、前記のような理由で会社側が団体交渉を拒否し続けることは、到底正当な理由による団体交渉の拒否ということはできず、会社側の右のような措置は、組合に対する不当労働行為(労働組合法第七条第二号参照)であり、組合の団結権、団体交渉権に対する重大な侵害であるということができる。したがつて組合が会社に対し、ある程度強力な争議手段に訴えたとしても、これが是認しなければならないと考える。

(ロ) 本件争議の目的は、前示のとおり労働条件の改善を要求し、これを貫徹するために行なわれたものであり、その目的が正当なものであることはいうまでもなく、その手段についてみると、前掲各証拠によれば、キイ、検査証などは、運転手が帰庫した際、収受した料金と共に一括して営業所の納金口に差入れておくのがたてまえとされていたのであるが、実際は習慣的に車輛内の物入れに、入れ放しで翌日の交替運転手が、これをひきついでいたというのが実情であつたと認められ、ひきつぐまでの間は帰庫した運転手の第一次的占有に属していたものと考えられるところ、被告人尾上らは前記のように、これらの第一次的占有者である運転手から直接任意の引渡を受け、あるいはその黙示の承諾があつたとみられる状況のもとにおいて、直接車輛からキイ、検査証等を引き揚げて行つたもので、その間会社側の者はもとより、誰からも積極的な反対の表明もなく、平穏裡に行なわれたことが明らかである。

(ハ) また本件以前の同年五月下旬から本件長期ストライキに突入する間に行なわれた数回の時限ストライキにおいても、組合によつて本件城東営業所からキイ、検査証等が引き揚げられており、非組合員もこれに協力してきたもので、いわばかような行為は慣習的に行なわれていたと認められる。

(ニ) 本件スト突入に際して組合は会社の保有全車輛四八輛のうち四七輛のキイ、検査証を引き揚げているにかかわらず、検察官はそのうち城東営業所の五台分のキイ、検査証の引き揚げについてのみ威力業務妨害罪が成立するとして起訴しており、その理由は、この五台の自動車の運転手八名が非組合員であることによると思われるが、本件当時ストライキに突入した組合員総数は約一一〇名であり、城東営業所の右八名のみが運転業務を継続したとしても、会社業務全体に寄与し得る程度は、ほとんどとるに足らないものと思われるばかりでなく、もともと右非組合員たる運転手のうち大津収、溝端繁充、高畑誠一の三名は労使間のユニオンシヨツプ協定がなお効力を保有していた同年三月末日現在において、試採用者として組合員たるを除かれる二カ月をすでに経過しており、本来ならば、組合員となつて、本件争議に参加していたはずのものであつたと認められる。

(ホ) 会社はキイ、検査証等を引き揚げられることなく城東営業所に残された一台の車両については、非組合員によつてこれを運行する意思を放棄してしまつていることが証拠上明らかである。以上の本件行為が行われた際の争議に対する会社側の態度、本件行為の目的の正当であること、態様は平穏裡に行なわれていて、会社側に与えた影響も少ないことを考慮すると、本件キイ検査証の引き揚げが非組合員の真意や、会社の意思に反しているからといつて、刑罰をもつて臨まなければならないほどの威力を用いたとは認めることができない。

ところで、検察官は、組合が使用者たる会社の意思を排除して、キイや検査証を組合幹部において保管することは、正当な争議行為の本質たる労務供給不履行という範囲を逸脱し、会社の企業経営権に対する積極的直接的侵害による違法な手段であるから、威力業務妨害罪が成立すると主張する。

なるほど使用者は企業財産権に基づく操業の自由を保障されている。そして、キイ、検査証を引き揚げることが使用者の操業の自由を妨げることとなることも検察官主張のとおりである。かような争議行為が検察官主張のように違法なものであつたとしても、刑法は違法な行為のすべてを処罰するものではないから、それが直ちに刑法上処罰に値する違法性があるとはいえない。

刑法上の違法は刑罰を科せらるべき高度の違法である。キイ、検査証の引き揚げ、保管の行為にしても、その目的、態様をその行為の行なわれた争議行為の状況を考慮して具体的に考察した上で威力業務妨害罪の成否を判断すべきものと考える。

以上の理由によつて本件は結局犯罪を構成しないことに帰するから刑事訴訟法第三三六条により被告人尾上に対し無罪の言渡をすべきものである。(判示事項二)

(二) 昭和三六年(わ)第二六三号起訴状中公訴事実第二の(2)について

本件公訴事実は

「被告人尾上勝喜同宮下信光はほか数名の組合員らと共に昭和三五年六月一七日午前一一時ごろから同日午後一時ごろまでの間前記平和タクシー株式会社本社営業事務所において、交々<中略>事務室および廊下のガラス窓約一〇〇枚、事務室内事務机一一脚、回転椅子一脚、金庫一個、掛時計一個、応接室内長椅子二脚に洗車ブラシをもつて糊をぬりつけ、その上に新聞紙製のビラ約二〇〇枚を貼り、<中略>著しく汚損してその効用を減少滅却させ、もつて数人共同して同会社所有の右建具、什器類を毀棄したものである」というにあり、右は暴力行為等処罰に関する法律(昭和三九年法律第一一四号による改正前のもの、以下同じ)第一条第一項、刑法第二六一条に該当するというのである。

そこでまず右ビラを貼りつけた行為について判断すると、<証拠>を綜合すると、被告人尾上、同宮下が、ほか数名の組合員および応援労組員数名らと共に前記日時場所において前記事務室および廊下のガラス窓および事務室内の前記物件に対しこもごも洗車ブラシで洗濯糊をぬりつけて新聞紙のビラを貼りつけたことが認められる。そこで本件ビラ貼りの具体的な状況を前掲各証拠によつて検討してみる。

まず、本件営業所の事務室窓ガラスおよび廊下のガラスのビラ貼りについてみると、司法警察員作成の昭和三五年九月二八日付実況見分調書によると、同日現在事務室北側のガラス窓に約二六枚、東側ガラス窓に約一三枚、南側ガラス窓に約八枚、廊下のガラス窓に約一四枚の、新聞紙一頁大のビラが大体二枚のガラス窓に一枚の割合で貼られてあることが認められる。そして前掲各証拠によると同年六月一七日に被告人らが本件ビラ貼りをした後、右実況見分の日まで更にビラを貼つた事を認めることができないので、右各ビラは六月一七日に被告人らによつて貼られたものと認めてさしつかえが無い。<中略>そして、右ビラは、会社側職制の個人的誹謗にわたるようなものはなく、表現がやや穏当でないにしても、組合側の要求を貫徹するため、要求の内容を宣言し、組合の団結を促すとともに、団結の力を会社に対して誇示する旨の内容の記載がなされてあること、右ビラは前記のとおり水でうめた洗濯糊ではりつけたもので、ガラス窓自体に何らの物質的毀損を生じていないのは勿論、簡単な水洗で容易に除去して原状に復しうること、概ね一枚のガラス窓に一枚の割で、窓全体ではなくて相当の余部を残して貼られてあつて比較的整然としていること、右営業所はタクシー営業事務の実用的能率を主目的とするもので、ガラス窓も専ら採光用のものであることは右営業所の建物の外装、内部の諸設備調度品等からあきらかであり、この様な窓にビラを貼付することによつて、若干採光が妨げられたことは否定し得ないが、右ビラを貼られたガラス窓を全体としてみればなお外部からの採光は十分可能であり、又ガラス窓をとおして見透すことも可能であることが右実況見分調書および前掲各証拠によつて明らかである。そうすると右ビラ貼りは営業室のガラス窓としての効用にさして障害をおよぼしたと認めることができない。次に同事務室内の什器に対するビラ貼り状況をみると右検証調書によると、古妻敏光営業課長の事務机の左側面および上面に右同様のビラが一枚、後藤栄一常務の事務机の正面、左袖抽出の部分、正面抽出の部分に右同様ビラが各一枚、上田光男労務課長の事務机の上面に右同様のビラが二枚、岡山某、藪野某、の各事務机の上面に右同様のビラが各一枚、宮崎敏郎営業部長の事務机の上面に右同様のビラが一枚、納金台として使用されている事務机三個の上面に右同様のビラが各一枚、回転椅子一個の背もたれの部分に右同様のビラが一枚、金庫の正面および側面に右同様のビラが合計四枚、掛時計一個の表面に右同様のビラが一枚、右事務室の隣接する応接室の長椅子二脚の座る面に右同様のビラが各一枚貼られてあることが認められ、前掲各証拠と綜合すると、右ビラはいずれも被告人らの本件行為によつて貼られたものと認められる。そして、右ビラは右ガラス窓に対するものと同様、水にうすめた洗濯糊で貼られたものであり、水洗、はぎとりなどの比載的簡単な作業で容易に現状に復しうるもので、これらの什器に対してなんらの物質的毀損を生ぜしめていない。又右事務机、回転椅子、金庫、掛時計に貼られたビラの枚数は右のとおり非常にすくなく、これらの物品は専ら実用的効果を目的とするもので、特別の品位、美観を備えたものではないから、右ビラ貼りによつて多少汚損したとはいえ、これらの物の効用を害したものと認めることはできない。応接室の長椅子二脚は来客の応接用に用いられるべきもので、ある程度の品位と美観を必要とすることはいうまでもないが、貼られたビラはそれぞれ二枚にすぎずしかも座る箇所に並列して整然と貼られてあり、(ビラの記載文言は不明である)これによつてその効用を害する程度に品位をけがし美観を損つたものとは認め難い。したがつて以上のビラ貼り行為は器物損壊とは認め難い。(判示事項三)

(三) <省略>

(四) 昭和三六年(わ)第二六三号起訴状中公訴事実第七の(1)および第八の(1)について

本件公訴事実は

「被告人久徳操はほか数名の組合員等と共謀のうえ

(1)同年一二月七日午前一〇時一〇分ごろ大阪市北区梅田無番地国鉄大阪駅東口ガード下臨時タクシー乗場において、争議に参加していない同会社自動車運転手尾崎勝の運転する営業用自動車大五い三七五六号の運転台前面ウインドガラスおよび左右後部のガラス、前部ボンネツト、後部トランク等に交々洗車ブラシをもつて糊をぬりつけ、その上に新聞紙製ビラ約十数枚を貼り、その車体を汚損するとともに運転台より外部を見ることが困難な程度に至らしめて該自動車の効用を著しく減少させ、かつ右自動車を押して同所より同区大深町無番地大阪鉄道管理局玄関前まで移動させたうえ、同運転手より運転日報を取り上げ、見張りを付して同運転手が右自動車を運転して脱出するのを監視する等して同運転手の就業を不能ならしめもつて威力を用いて右尾崎の旅客自動車運転業務を妨害し、

(2)同日午前一〇時三五分すぎごろ、前記ガード下臨時タクシー乗場において、争議に参加していない同会社自動車運転手北川悦三の運転する営業用自動車大五い三七六〇号の運転台前面ウインドガラスおよび左右後部のガラス、前部ボンネツト等に洗車ブラシをもつて糊をぬりつけ、その上に新聞紙製ビラ約一〇枚を貼りその車体を汚損するとともに運転台より外部を見ることが困難な程度に至らしめて該自動車の効用を著しく減少させ、かつエンジン鍵を抜き取り、同組合員が運転して右自動車を前記大阪鉄道管理局玄関前まで移動させる等して同運転手の就業を不能ならしめ、もつて威力を用いて右北川の旅客自動車運転業務を妨害した」

というのであり、右二個の各威力業務妨害の点はいずれも刑法第二三四条に該当するというにある。

そこで判断を加えると、前記罪となるべき事実第五に関する前掲各証拠によれば前判示のとおり被告人久徳を含む数名の第一組合員らは、昭和三五年一二月七日午前一〇時ごろ、乗客を乗せて前記大阪駅東口ガード下に到着した同社運転手ま第二組合員尾崎勝の運転する営業用自動車(大五い三七五六号)の前面ガラス等に新聞紙製ビラ約一〇枚を貼りつけ、右尾崎が車を降りて右状況を本社に電話している間右車輛を前記大阪鉄道管理局前まで押して行き、まもなく同所に右尾崎が戻つてきて、同車に乗ると、被告人久徳において、同人に対し運転日報を出せといつて、一旦これを取り上げたが、すぐ同人がこれを取り返したこと、同人は車を運転してその場から逃げようとしたが、車を取り囲まれていたため逃げられなかつたこと、そのうち前記大阪鉄道管理局庁舎内にある大阪陸運局事務所の中まで連れて行かれたが、その際腕を引張られたため服のボタンが取れてしまつたことが認められ、さらにひきつづき、同日午前一時三〇分ごろ乗客二名(乗客を装つた大旅労連組合員)を乗せて前記ガード下に到着した同社運転手で第二組合員の北川悦三運転にかかる営業用車輛(大五い三七六〇号)に対して、右乗客のうち一名が同車輛のエンジンキイを抜き取つて下車するや、同所で待機していた被告人久徳ら第一組合員数名が、前同様洗車ブランで車体に糊をつけてビラ約一〇枚を貼りつけたこと、その間被告人久徳が右北川に対し「お前わしらの顔を知らんわけはないやろ」と言つて洗車ブラシを振りあげたこと、右北川が下車して付近の曾根崎警察署にかけ込んだ間に、前同様右車輛を前記大阪鉄道管理局前まで押して行つてそれぞれ右尾崎および北川の運転業務を妨害阻止したことが認められる。しかして右二台の各営業車はいずれも監督官庁の認可のないまま前記城東営業所に配置されて営業の用に供されていたものであり、したがつてこの事態は道路運送法第一八条第一項に違反するものであることは、判示第五に記載のとおりであるが、刑法上は、行政庁の許可や認可がなくても事実上平穏に行なわれている業務は原則として保護の対象になるというべきであるから、被告人久徳らの前記所為は検察官所論のように一応、威力業務妨害罪が成立するようにみえる。

しかし本件の背景は、<証拠>によると次のとおりである。すなわち、本件当時は、依然として第一組合のストライキは継続しており、同年一一月に開かれた団体交渉も決裂したまま解決の見通しも立たず、前記のとおり同年六月下旬には住吉昇を委員長とする第二組合がすでに結成されていたうえ、同年一一月末ごろにはさらに第一組合員のうちの数名があらたに第三組合を結成して第二組合員と共に城東営業所に待機するに至つたため、本件争議開始当初には約一一〇名の人員を擁していた組合も、右のような分裂を重ねた結果、本件当時には第一組合員はおよそ七〇ないし八〇人に減少し、そのため第一組合の幹部は組合の団結を強化する必要に迫られていた。一方会社側も、争議行為が長期化したため、少しでも車輛を稼働させようと企て、前記のとおり本社営業所から持ち出した車輛等八台を手入れして、事業計画変更の認可のないまま前記第二組合員さらには第三組合員を用いて、同年一一月ごろから城東営業所を根拠として営業を再開した。ところで、当時本社営業所は、なお第一組合員の牙城であり、同組合員が依然としてピケツトラインを張つていたため、会社側としては、第一組合の勢力のおよばない前記城東営業所の配置車輛数を増加させる反面、本社営業所の配置車輛はこれを減らして営業を本格化する方針をとり、まず同年一一月九日大阪府知事に対して本社営業所配置車輛を四〇輛から三三輛、城東営業所配置車輛を三輛から一〇輛に変更する旨の事業計画変更認可申請をなし、同月二五日には右を変更し、本社営業所には二八輛、城東営業所には一五輛を配置すべき旨を、さらに同年一二月三日に至つては、本社営業所には一八輛、城東営業所にはついに二五輛をも配置すべき旨を申請するにおよんで両営業所の地位は逆転し、かくして会社側は第一組合のストライキの効果を減殺し争議を会社側に有利に解決することを図つた。しかし、実際は右各申請はいずれも直ちには認可されなかつたのであるが、会社側は前記車輛によつて営業を強行し、しかも稼働台数も右八台から現実に少しずつ増加し、同年一一月二二日は前記のとおり大阪府知事から右が道路運送法第一八条第一項違反であるとの警告が発せられたにもかかわらず、会社は依然として運行を中止しなかつた。

かような会社側の措置に対し、第一組合としてはこれを放置しておけば、争議行為の効果は無に帰して重大な打撃を受けるであろうことは明々白々であつたところから、組合の団結権および争議権を防衛するため緊急になんらかの対策を講ずる必要に迫られ、かくしてその手段として前記のように同年一一月中旬から大阪府陸運事務所および大阪陸運局に対し、右のような会社の違法な営業を訴えて、なんらかの行政措置がなさるべきことを、大阪府警察本部に対しては、これを取締るべきことを要求したが、これに対して当初はいずれの機関もなんらの措置をとるところがなかつた。そこで第一組合は総評事務局員や弁護士をも動員して右各庁に執拗に要求を繰り返した結果、消極的ながら大阪陸運局からは、違反事実があれば考慮するとの、大阪府警察本部からは違反車輛の運転手の第一組合員による現行犯逮捕もやむを得ないとの言質を得るに至り、(ただし、それ以上の積極的な態度は示さなかつた)そこで第一組合員が違反車輛を摘発して陸運局の担当官に示したという本件が発生したのである。(そしてかような摘発行為の結果翌昭和三六年一月二六日ごろには大阪陸運局長から会社に対し、台数および期間は証拠上明確でないが、城東営業所配置の車輛に対して使用停止処分がなされたことも前記証拠によつて認められる)。

かようにみてくると、本件は、会社側が第一組合の争議行為の効果の減殺を目的とした道路運送法第一八条違反の営業に対し、本来これを取締り、あるいは行政上の措置を講ずべき各担当官庁が第一組合の要求に対してなんらの積極的な態度を示さず、前記のごとき消極的なむしろ傍観ともいえる態度をとつたため、第一組合が団結権と争議権防衛のためやむを得ずなした緊急の行為であると認められる。しかも、かような法律違反車輛の運転手については、一般原則に従い何人も従つて第一組合員もこれを現行犯逮捕して所轄捜査機関に引渡し得べき場合であつたものであるところ(検察官は事業計画を変更する場合に認可を受けなかつたときは自動車運送事業者のみが処罰の対象となるというが、道路運送法第一三二条によると法人の使用人その他の従業者も処罰の対象とされていることが明白である)、本件は前記のような緊急目的のため当該車輛の運行を一時停止させて、これを陸運局の係官に示したに過ぎないのであるから、本件被告人らの前記所為はいわば現行犯逮捕に準じたものと評価することができ、その際多少の威力が伴つたとしても、それは右行為に必然的に随伴するやむを得ないものと認められ、従つて本件行為は組合の団結権と争議権を防衛するための現行犯逮捕に準ずる正当行為として刑法第三五条により違法性を阻却するものというべきである。(なおビラを自動車に貼つた点は明らかに行き過ぎであり、威力業務妨害の点に違法性がないということができても、器物毀棄の点まで違法性が阻却されるとはいえない。したがつてこの点につき判示第五のとおり有罪の認定をした)。

よつて本件は結局罪とならないものであるから刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすべきところ本件は前記罪となるべき事実第五記載の罪と一所為数法の関係にあるして起訴されたものであるから特に主文において無罪の言渡をしない。〔判示事項一の2〕

(五) 昭和三六年第一〇一二号、昭和三六年三月二二日付起訴状の公訴事実について。

本件公訴事実は

「被告人神谷喜介、同荒木利治、同鄭亨模は昭和三六年一月一七日午後一一時ごろ同会社常務取締役後藤栄一ほか一二名の会社側役職員が附近の糸井自動車株式会社取締役社長糸井千一、同人の長男俊之および同社従業員塚谷文雄ほか二名の応援を得て、前記会社営業所の屋外車庫においてあつた。一九六〇年型乗用車トヨペツトコロナ一台ほか二台(計三台)を車輛保全のため搬出しようとした際、その搬出を阻止しようとし、前記組合員松田純一ほか四名と共同して、右会社側役職員福村敬二郎、上田光男、古妻敏光、西岡重義および糸井俊之等に対し交々洗車用ホースおよびバケツで水をかけ、消火器で消火液をかけ、あるいは足蹴り、投げ飛ばし、胸倉を掴んで押し、又はバケツを投げつける等数人共同して暴行をなし、右西岡重義に対し加療約七日間を要する右耳急性中耳炎症を、右上田光男に対し加療約一〇日間を要する左後頭部および左腰挫傷、左手小指捻挫の傷害を負わせたがその際、

一、被告人神谷喜介は右西岡重義、古妻敏光、宮崎敏郎に対しそれぞれ消火器で消火液を浴せかけ、

二、被告人荒木利治は、

(イ) 右福村敬二郎、上田光男に対しそれぞれバケツで水を浴せかけ、

(ロ) 右西岡重義に対し同人の右側頭部にバケツで水を浴せかけ、よつて同人に前記右耳急性中耳炎症を負わせ、

三、被告人鄭亨模は、

(イ) 右糸井俊之の胸倉を両手で掴んで同人の身体を前後に押し、

(ロ) 右営業所屋外車庫とその南側に隣接する個人タクシー用モータープールとの境の鉄柵を押し開いていた右上田光男の背後より抱きつき同人を左方に投げ飛ばし、よつて同人に前記左後頭部、左腫挫傷、左手小指捻挫等の傷害を負わせた」

というのであり、右は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項、刑法第二〇四条に該当するというのである。

そこで判断を加えると、<証拠>を綜合すると次の事実が認められる。

(イ) 本件当時第一組合は本社営業所を拠点としてなおストライキを継続しており、前記のとおり同営業所には同組合員が依然としてピケツトをはつていた。そして本件当日は本件被告人の神谷喜介、同荒木利治、同鄭亨模のほか第一組合員の弓削金蔵、松田純一、松浦精一、柳楽忠昭、尾崎繁春、金川公失、長倉智、米田正司および総評事務局員の北橋正一の一二名が本社営業事務所二階仮眠室に寝泊りしていた。一方会社側は当時前記のとおり城東営業所において未認可のまますでに十数台の営業車輛を使用して営業を続けており、同営業所の配置車輛数増加の申請中であつたのであるが、この申請に対する認可にそなえて一台でも多くの車輛を本社営業所から右城東営業所に移動させたいという強い意向を持つていた。そしてこの目的のため本件以前においても数回にわたり合計一〇台以上の車輛を本社営業所から引き出したこともあつたが、いずれも日中あるいは夕刻のことであつたため第一組合員の抵抗に遇い充分な台数の車輛を引き出せなかつたことから、今回は組合員の警戒の手薄な夜間を狙つて車輛引き出しを図ることとなつた。

かくして昭和三六年一月一七日夕刻会社側職制の一部が、かねてからの右目的のため組合の警備人員の少ない同日夜を期して車輛の引き出しを決行することを計画し、同社職制の福村敬二郎が中心となつて各人の分担役割を決め、なお組合の抵抗がある場合を予想して、これに対抗するため同会社管理職員全員および一部非組合員のほか同会社近所の米井自動車株式会社の社長および従業員の応援をも求めてたとえ一台であつても引き出す決意を固めた。そして同日午後一一時ごろ、会社側管理職員らの後藤まつ、宮崎敏郎、上田光男、上田重臣、橋詰美代作、西岡重義、古妻敏光、井ノ下利一、福村敬二郎、後藤光失、後藤栄一、佐々木秀三、宮崎定弘、糸井自動車株式会社の糸井千一、糸井俊之、糸井某、木村栄治、塚谷文雄、奥平某ら約二〇名が車輛引き出しに用いる自家用車二輛、ワイヤーロープおよび長さ約一メートルの鉄棒などを用意して、ひそかに同会社屋外車庫に南接する個人タクシーガレージに待機した。なお右のうちにはタオルなどで顔を隠している者もいた。

(ロ) ひきつづき右福村敬二郎が施錠されている前記ガージと屋外車庫の境界の移動式鉄柵を押し開け、ここを通つて会社側職制らが入構すると共に、前記井ノ下の運転する自家用車(トヨペツトスーパー)が、ひそかに屋内車庫に入り、組合事務所等にいた前記組合員に気付かれないうちに同所からまず一台の営業用車輛(トヨペツトコロナ)にロープをかけてこれを右ガレージに引き出すことに成功し、次いで前記古妻の運転する自家用車(トヨペツトコロナ)が屋内車庫に入つて二台目の営業用車輛(トヨペツトクラウン)にロープをかけて引き出そうとした。ところが右牽引車の牽引力が弱くエンジンを一杯に始動して右クラウンの引き出しを出しを試みたが、なおこれを動かすことができず、ついに右牽引車のコロナが故障するに至つた。一方、そのころ前記組合員らは前記仮眠所や一階営業事務所北側の仮設食堂などにたむろしていたが、右コロナのエンジンの騒音や、会社の車輛引出しを発見した当日の不寝番の尾崎繁春がそのころ吹いた警笛によつて、はじめてこの異状事態の発生に気付き一斉に屋外車庫に飛び出したが、多人数の会社側の中には前記のように組合員の知なない糸井自動車株式会社の従業員が混じつていたり、鉄棒を持つた者やタオルで覆面をしていた者もいたので、組合員の中には会社が暴力団を雇つて車を持ち出しに来たと感じてひるむ者もいた。しかしまもなく一部組合員は会社側に対し口々に「実力で持ち出すようなことはやめろ」、「とにかく話し合おう」、「夜中にゴソゴソ泥棒みたいなことをするな」、「車を出したいんだつたら昼間堂々と正門からやつて来い」などと抗議し、一部組合員は牽引されつつあつた前記クラウン車を持ち出されないと押し返し始めた。ここに至つて会社側は右クラウン車を搬出することを諦らめ、故障した右牽引用のコロナ車をガレージの方に押し出そうとした。その間被告人鄭ら四人の組合員が先まわりして前記出入口となつた鉄柵を閉めようとしたものの、会社側の前記宮崎敏郎、上田光男、西岡、古妻ら数名がこれに対抗して鉄柵を押し返したため、結局右鉄柵は再び開けられたので、同被告人らはその場から逃げ出した。一方他の会社側の者は前記故障した牽引車コロナを押し出しにかかり、被告人荒木らも、会社側が出て行けば好都合とばかりこれに加わつて右コロナを前記ガレージの方に押し出し、結局同車は押し出されこれと共に会社側職制も全員が屋内車庫から一旦右ガレージに出たので、組合員は再び右鉄柵を閉めた。その際一部組合員は再び会社側が屋内車庫に入つて来るのを防ぐため、営業事務所北東角の水道から洗車用ホースで鉄柵越しにガレージの方に向けて放水したり、同事務所外側の防火用品置場から消火器を取り出して消火液を放出したりしていた。しかし、会社側は同ガレージの中程に後退していたので直接には水や消火液をかぶることはなかつた。かくして組合員と会社側は右鉄柵を境界にして対峙するに至つた。

ところで前記西岡重義の検察官に対する供述調書には、前記牽引車のコロナを押し出そうとしているとき被告人荒木がバケツで西岡に対し水を浴せかけた、との記載があり(被告人荒木はこの段階における放水を否認している)、また証人後藤栄一、同上田光男(第一四回、37・5・28)、同橋詰美代作の各供述および後藤光失、橋詰美代作、福村敬二郎の検察官に対する各供述調書中には、会社側が故障した牽引車の前記コロナ車を押し出すとき、組合員が会社側の者に洗車用ホースで水を浴せたり、消火器の消火液を浴せかけた旨の記載がある。しかし、被告人荒木がバケツなどで会社側の者に対して放水したのは、後記のように会社側が再び屋内車庫に乱入して来た際のことであつて、右西岡の供述調書には前後三回にわたつて被告人荒木からバケツで水をかけられた旨の記載があるが証人宮崎敏郎(同会社営業部長)の供述にもあるように故障した前記コロナ車をガレージに押し出すについては組合は妨害らしい妨害はしなかつたこと、むしろ前記のとおり被告人荒木は右コロナを会社側の者と共にガレージに押し出しており放水はしていなかつたことが認められるのであり、右西岡の前記調書の記載は前後を混同した疑いが極めて強く右宮崎の証言に照らしたやすく信用できない。次に右コロナを押し出す際に組合員らが、水や消火液を浴せかけたとの点についても、前記証人宮崎の供述に反するのみならず、本件消火器は会社側が再び屋内車庫に乱入した際に、主として用いられたものであることは後記のとおりであつて、本件当時用いられた消火器は多くとも七本を越えないことが認められるから(押収してある受注伝票〔昭和三六年押第八一〇号の一九〕によれば本件の三日後である同月二〇日に七本の消火器が詰替えられていることが認められ、また証人上田光男(第一四回、37.5.28)も、当時営業事務所には、五、六本の消火器が置いてあつたと述べている。)、右コロナを押し出す段階にも用いられたとすれば数字上からしても不合理となるばかりでなく(消火器は一度使用すると内容を詰替えなければ使えないものである)本件牽引車コロナを押し出している会社側の者に消火液を浴せかければ、当然右コロナの車体にもその飛沫が付着しているはずであるが、(ちなみに、検事俵谷利幸作成の昭和三六年三月一八日付捜査報告書によれば本件消火器の液体噴射最長距離は約八・五メートルである)前記益勝利作成の実況見分調書(36.1.19付)によれば、本件牽引車コロナと認められる車輛の写真(同調書添付写真第五)を検討してもなんら放水の跡や消火液の飛沫と認めるべき汚染もないうえ、本件騒動に終始加わつた右実況見分の立会人糸井千一も、右見分者益勝利に対して右コロナ車が消火液で汚損されたとは述べていない。従つてこの点に関する前記各証人の供述および各調書の記載はとうてい措信できない。次に上田光男および後藤栄一の検察官に対する各供述調書によれば、組合員が最初に前記鉄柵を閉めようとし、これに対して上田光男、宮崎敏郎ら数名が、ガレージの方からこれを押し返して再び鉄柵を開けたとき、被告人鄭が上田光男の後から両脇に手を入れて右上田を左の方に投げ飛ばしたとの記載があり、一方被告人鄭はこれを否認し、同人は勢いあまつて一人でころんだものであると弁疏している。しかし右上田は当公判廷においては、当時横へこけたことはあるがどのようにしてこけたかは記憶がない、しかし放り投げられたことはない、と自から前記調書の記載を否定しており、そもそも鉄柵をはさんで会社側と組合側(この中には被告人鄭もいた)とが押し合い、会社側の力が優勢で鉄柵が押し開けられた瞬間に被告人鄭が会社側の背後にいて、右上田を後からかかえて放り投げるということは不自然であるばかりでなく、同人は前記罪となるべき事実第二に関しては、証人として比較的詳細に被害事実を供述しているのにかかわらず、右事実より半年以上も後に生じた本件については転倒したという事実(それはなかなか忘れ難い事実であろう)の有無については供述があいまいであるうえ、同人のそばにいた前記宮崎も当公判廷において、上田光男が被告人鄭に両肩をかかえられた記憶はないと供述しているところからすれば、右上田が転倒したとしてもそれがはたして被告人鄭の所為によるものかどうか極めて疑わしく、この点に関する前記上田および後藤の各調書の記載は信用することができない。

(ハ) ところで前記のように会社側職制らが一旦ガレージに引き揚げた後鉄柵の内側にいた組合員七、八名は、まもなくスクラムを組んで、会社側の者が再び入つてくればこれを説得する目的で気勢をあげ、前記尾崎らは鉄柵ごしに放水していたが、会社側の者が再び入つて来る気配もなかつたので引き揚げようとした時、突然前記ガレージの南側入口から前記糸井俊之の運転する約七トン積みのセメントタンク車が後進して入つてき、前記宮崎敏郎の誘導でそのまま前記鉄柵に突進し、組合員が急いでスクラムを組みなおして入門を阻止しようとしたのにかかわらず、そのままの勢いで前記高さ約一メートル四〇センチの鉄柵を突き倒して屋内車庫に入ろうとしたので、組合員はそのままでは轢かれる危険を感じ狼狽してとつさにスクラムを振りほどき、四方に逃げ散つたが、右セメントタンク車は速度を落すことなく、右鉄柵を押し倒し、それを乗り越えて入り屋内車庫の中央部で停車した。それと共に前記会社側職制ら全員も再び屋内車庫に入つて来て、車輛引き出しにかかり、まず引き出しに失敗した前記クラウン車と右セメント車にワイヤーロープをかけようとしたので、これを阻止するため、被告人神谷、前記尾崎、弓削、松田、柳楽ら組合員五、六名が、右セメント車とクラウンの間でスクラムを組み、一方被告人荒木は前記鉄柵から逃げてすぐ営業事務所北東角の水道栓につながれていた洗車用ホースの筒先を持つて二分間ほど会社側の者に手当り次第に放水して会社側職制を退去させようとしたが、きき目がなかつたので、まもなくやめて、右スクラムに加わつた。ところが一四、五人の会社側の者が東方から組合員のスクラムに打つてかかり、劣勢なスクラムはたちまち崩されて、西側に将棋倒しとなり、その際被告人神谷は付近の水道栓に腰を打ちつけ、被告人荒木は倒れて来た人の下敷になり、またその際右柳楽や松田は前記宮崎敏郎から顔面や右手を殴打され、尾崎は上田光男から背部を突かれて倒された。次いで被告人神谷は事務所に飛び込んで消火器を持ち出し前記クラウンを持ち出そうとしている前記西岡や古妻に消火液を浴せかけて古妻から追かけられ、被告人荒木はバケツに水を入れて右西岡や福村、上田光男に水を浴せかけたので右上田から追いかけられて事務所に逃げ込むという場面もあり、他の組合員の松浦や尾崎らも会社側の者にバケツで水をかけたり、消火液をかけたりして引き出しを阻止しようとしたが、結局その間前記クラウンにはロープがかけられセメントタンク車がこれを牽引してガレージに引き出した。ところが右セメント車は再び屋外車庫に突進して来て、屋内車庫に半ば格納されていたクラウン車を引き出しにかかつた。そこで再び前記尾崎らが前記宮崎らに対しバケツで水をかけ、同人がそのバケツを尾崎に投げ返したり、組合員金川がバケツを上田光男に投げつけて同人の右手に命中させるなどしたが、その都度優勢な会社側に追い散らされ、そのころから被告人神谷、同荒木ら数名の組合員らは抵抗を諦めて付近で傍観するに至り、結局会社側はワイヤーロープをセメントタンク車と右クラウン車にかけた。しかしそのとき被告人鄭が右ロープをはずして逃げたため再び会社側によつて別のロープがかけられたが、組合員松田が右セメント車のエンジンキイを抜き取つて付近の植込の中に投げ捨てたため、同人とセメントタンク車の運転手糸井俊之とが口論しているところへ被告人鄭が「なんやね」と言つて割り込むと右糸井が被告人鄭に対し「お前は黙つとれ」と言つてどちらともなく互いに相手の胸倉を掴んで押し合つた。しかしまもなく上田光男がエンジンキイを発見したので両人とも直ちに互いに手を離し、右糸井はセメント車に乗り込んで発車しようとした。ところが右松田は「死んでも出さん」といつて被牽引車クラウンの前部フエンダーの下にもぐり込んだので、これを見た前記宮崎敏郎と上田光男とが暴れる同人を引きずり出し、結局右クラウン車もガレージに引き出され、これと共に会社側の者全員も右ガレージに引揚げたが、その際前記西岡らは組合員に対し「毎晩来てやるぜ」と言い残して出ていつた。

(二) 右のような騒動の結果、会社側の福村敬二郎は加療五日間の左下腿擦過創、右肩胛部挫傷、古妻敏光は加療約一〇日間の左膝部挫傷、上田光男は加療約一〇日間の左第五指関節捻挫等、西岡重義は加療約七日間の右急性中耳炎、佐々木秀三は加療約七日間の右下腿挫傷及び剥皮創、左前膊挫傷、後藤栄一は加療約五日間の腰部挫傷、右下腿挫傷、組合側の被告人荒木は加療約一四日間の左前胸部挫傷、同神谷喜介は加療約一〇日間の左結膜異物、腰部挫傷、同鄭は加療約七日間の左腰部挫傷、弓削金蔵は加療約一四日間の右拇指挫創、左手背擦過創、松田純一は加療約一〇日間の右肩胛部挫傷、左前膊手背第一指挫創及び血腫、左足脊挫傷、柳楽忠昭は加療約一〇日間の両側手背部擦過剥、腰部挫傷、米田正司は加療約七日間の両眼結膜異物、腰部挫傷、右大腿挫傷、尾崎繁春は加療約七日間の右肘部挫傷、左大腿挫傷、金川公失は加療約三日間の右側腹部挫傷の各傷害を負い、この件につき会社側組合側はいずれも相手方を告訴したが、会社側は全員不起訴処分となり組合側の本件被告人三名のみが起訴された。

以上の事実をそれぞれ認めることができる。ところで検察官は前記記載の公訴事実を前提としてその論告において次のように主張する。即ち組合は全面ストライキ突入以来本社配置車輛のエンジンキイ等を取り上げ、本社構内にピケツトを張つて会社側の構内出入を制限し、もつて本社車庫内の車輛を組合の実力支配下に置いていたものであるが、これは組合による業務管理の一態様であつて争議行為の正当性の限界を越えるものである。争議中であつても会社は操業の自由を有し組合がこれを妨げることは許されないところ、本件は会社が深夜車輛搬出を企てた点でいささか妥当性を欠くとはいえ、その目的は業務遂行のため屋外車庫で雨晒しになつている車輛を修理整備することにあつたのであるから、これをピケツトによつて阻止する場合にも本件の如き暴力行為におよぶことは許されない。およそピケツトの正当性の限界は平和的説得もしくは平和的説得乃至団結力示威又は集団的行為そのものに自ら伴う心理的圧迫の範囲に止るべきものである。また会社側がセメント車を持ち出し鉄柵を押し倒して車庫内に進入させたことは、それ自体はなはだ危険な行為であつて一種の暴力行使とみられるが、しかしこれに対して組合は防衛すべき権利はないし、かりにこれを被告人ら組合員の生命身体に対する急迫不正の侵害と認めても被告人らの前記暴力行為がやむを得ない行為であつたとはいえず、両者の実力行使は不正対不正の関係にあるから正当防衛はもちろん緊急避難を論ずる余地もない。

一方弁護人は前記認定した事実に基づき次のように主張する。即ち本件における会社の車輛搬出の目的は車輛の修理整備に名を藉りて車輛を引き出し、これを法に違反して城東営業所において使用しもつてストライキの効果を減殺しようという不法なところにあつたものであるからこれを組合がピケツテイングで阻止することは正当である。本来ピケツテイングの主たる目的は就労せんとする労働者を阻止することにあり、タクシー会社においては組合が車輛を車庫などに集約させて非組合員に運転させないためにピケツトを張ることはタクシー業界の特殊性に鑑み、正当な行為であつて、本件の如きピケ破り行為に対する組合員のピケツトの正当性の限界は平和的説得の範囲に止まるというのであれば、労働争議は常に使用者の勝利に終ることになり、それは労働者の団体行動権を否認するに等しい。しかるに本件において会社側は組合に対し平和的説得をなす余地も与えず文字通り盗犯等の防止および処分に関する法律第一条第一項第二号に規定する行為そのものの凶暴な態様でピケツトラインを破壊したものであつて、これは組合員の生命身体のみならず組合の団体行動権そのものに対する急迫不正の侵害である。したがつて被告人ら組合員の前記各行為は右の諸権利を防衛するために出でたやむを得ないものであるから本件は正当防衛をもつて論ずべきであると。

そこで前記認定した事実に基づいて考察すると、まず会社の本件車輛搬出の直接の目的は搬出した車輛を城東営業所において使用することにあつたことは前記のとおりであつて、検察官主張のように車輛修理整備のみの目的ではなかつたことは証人後藤栄一が、本件で搬出した車輛は城東営業所において就行させたと供述しているところからも明らかである。また当時会社はストライキに対抗しその効果を減殺するため第一組合の牙城たる本社営業所の配置車輛の大部分を城東営業所に移動させることを計画し、未だその認可を受けないうちに同営業所において営業を続行していたことも前記のとおりである。

しかして、会社に操業の自由があるといつても、本件の如く法に違反してまで前記城東営業所における営業を拡大し、第一組合のストライキの効果の減殺を図ろうとするのは、第一組合の団結権争議権に対する侵害であるといわなければならず、その目的のために前記本社営業所から営業車輛の搬出を強行することは到底是認できない。

そして本件争議における会社側の態度をみると、証人上田光男、同後藤栄一の各供述によれば、会社側は、争議中は団体交渉に応じないという考え方をとつていたため、昭和三五年六月一七日ストライキ実施後も正当な理由なく第一組合との団体交渉を拒否し続け、大阪府地方労働委員会から再三誠実に団体交渉をするよう勧告を受けてやつと団体交渉を行う有様であり、同年九月二七日第一組合からストライキを解いて就労したい旨申入があつた際にも就労意思が確認できないとの理由で拒否した反面、会社側の者が第一組合員の家庭を個別訪問して就労を要請してまわつたことが認められるほか、証人井上広美の供述によると同年一一月二五日頃後藤峯吉社長、後藤まつ専務取締役らが多数の第一組合員を料亭に接待して争議から脱落して就労するよう要請して第二組合に加入するにいたらせたことも窺われるのであつて、これらの事実によると、会社側は団体交渉拒否、労働組合の運営に対する介入という不当労働行為を続け、労働者の団結権、団体交渉権争議権を侵害し続けて本件にいたつたものと認められる。而も判示第五で認定したように、会社側は同年一一月には、本社営業所から六台の車輛を持ち出してこれを城東営業所に移し会社の介入していた疑のある第二組合をして法律違反をあえてしながらこれを運行させていたのであるから、これらの会社側の違法な態度に対しては、第一組合としては団結権、団体交渉権争議権を防衛するため、いわゆる平和的説得の程度のピケツトにとどまらないで、より一層有効適切な手段を講じうるものと考えなければならない。

ところで、検察官主張のように、第一組合が会社所有の自動車のエンジンキイ、検査証等の全部を引き揚げて保管し、本社営業所には常時ピケをはつて車輛の持出を監視していた点が、かりに争議手段として行き過ぎであつたとしても、会社側が車輛を持ち出したければ、組合側と交渉して、組合の納得を得たうえ平穏裡に持ち出すか、裁判所の裁判を得て合法的に持ち出すべきであつて、暴力を用いて車輛持出を強行することは、法治国家において到底許さるべきことではあるまい。

そして本件における会社側の車輛搬出行為の態様をみると、会社側は深夜組合員の警戒の手薄を狙つたうえ前記(ロ)の段階においては会社側は一台目の車輛引き出しに成功し、次いで二台目の車輛引き出しに着手した際に組合員に発見されるところとなり、組合員らの説得にもかかわらずなお搬出を強行しようとしたが、牽引車が故障したため結局会社側は一旦搬出を諦らめ、組合員の助力もあつて右故障車をガレージに押し出し、この間緊迫した状況にはあつたが暴力沙汰も起らず会社側職制らはガレージに退去して鉄柵は閉じられた。ところがの段階において、会社側はいきなり巨大なセメントタンク車を鉄柵に向けて突進させ、その内側でスクラムを組んでいる組合員を意に介せず右鉄柵を押し倒して屋内車庫に乱入し有無を言わせず組合員を追い散らせ、さらにスクラムを組んだ六、七名の組合員に対し人数においてはるかに勝る会社側の者一四、五名が右スクラムを突き倒すなどして強引に二台目の車輛を搬出し、さらに前同様セメントタンク車が再び屋内車庫に乱入して三台目の車輛を引き出すに際してこれを阻止しようとする組合員を追いかけまわしたり、あるいは被牽引車の下部にもぐり込んだ組合員を無理やり引きずり出すなどして結局これもガレージに引き出し、それと共に会社側らもガレージに引き揚げるとき、毎晩来てやるぜなどと暴言を吐いて出て行つたことは前判示のとおりであつて、この段階における会社側の搬出行為の態様は、組合員が会社側職制らを説得する余裕すら与えない極めて粗暴なもので、それは暴徒の集団の突然の乱入行為に等しいものであつたと評せざるを得ない。

しかも、会社側が、当初から第一組合の前記正当なピケツトを実力で蹂りんしてでも車輛を搬出する意図であつたことは、証人上田光男の供述や、右搬出行為の態様自体から十分に認められるところである。

そして、かような会社側の急迫不正な侵害に対する本件被告人らを含む第一組合員の行動を眺めてみると、まず前記(ロ)の段階においては被告人鄭ら数名の組合員が会社側職制数名と鉄柵を押し合つているが結局押し返されてその場から逃げており、かつ、同被告人らは直接右職制らの身体を押していたのではないし、会社側職制全員が一旦ガレージに引き揚げた後、組合員の一部が鉄柵ごしに放水したり消火液を放出させたが、これが会社側の者にかかつたわけでも無く、これらの行為はピケツトを無視して侵入してきた会社側の者に対して説得の余地をつくるために行なわれたもので、いまだ会社側職制に対する違法な有形力の行使の程度に至つていないものと認められる。次に前記(ハ)の段階についてみると、被告人荒木は前記鉄柵から逃げ出した直後セメント車とクラウン車にロープをかけようとしていた会社側職制ら(その相手は証拠上明確でない)に洗車用ホースで手当り次第に二分間ほど放水したが効果がなかつたのでやめたこと、その後バケツに水を入れて職制の西岡、福村、上田光男らに水を浴せかけたことと、被告人神谷は右西岡、古妻に消火液を放出したことその他組合員の尾崎、松浦らも右同様放水したり、消火液を浴せかけ、組合員金川は上田光男に空バケツを投げてその右手に命中させている、被告人鄭は極めて短時間ではあるがセメント車のキイのことで糸井俊之と互いに胸倉を掴み合つて押し合つたことなどは前記のとおりであつてこれら諸行為はいずれも有形力の行使であるといわなければならないが、これらの行為は会社側の車輛引き出しを阻止するためになされたこともまた前記のとおりである。

およそ会社側が、組合の団結権争議権を侵害する意図のもとに、強度の暴力を用いて本件の如く車輛引出を強行した場合は、組合員はこれに対し、団結権争議権を防衛するため反撃にでることも許されるものと解すべきである。したがつて、被告人ら組合員の行為は、西岡重義、古妻敏光、宮崎敏郎、福村敬二郎、上田光男、糸井俊之らの団結権、争議権ひいてはピケツト権に対する急迫不正の侵害に対し、これを防衛するために行われたものと認むべきである。そして、被侵害利益の重大性および右西岡重義ら会社側の本件侵害行為が深夜のことであつてこれに対する有効適切な法律的手段を講ずるいとまもなく、他に援助を求める手段もなかつたこと、会社側は、人員装備ともにはるかに組合側より優れた実力を行使し、その結果第一組合側に対し多数の負傷者を生ぜしめたほどその実力行使は強く激しかつたこと、これに反し、被告人らは洗車用ホースあるいはバケツによる放水、消火液の放出という殆んど実効性の期待できない消極的手段でもつぱら防禦につとめていたことを考えると、被告人らの本件行為は全体として第一組合の団結権、争議権ひいてはピケツト権を防衛するためやむを得なかつた相当の行為と認むべきであり、従つて本件各所為は正当防衛として違法性を阻却するものと解する。〔判示事項四〕従つて本件は結局罪とならないものであるから被告人神谷喜介、同荒木利治、同鄭亨模に対し刑事訴訟法第三三六条にしたがい無罪を言渡すべきものである。(松浦秀寿 小河巌 安藤正博)

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